日本で「労働法」という語が用いられるようになったのは早い。1920年には既に
東京帝国大学で
末弘厳太郎による「労働法制」という講義が行われていた。1924年に「労働法」という名称での講義を日本で初めて行ったのは、
東京商科大学(現・
一橋大学)の
孫田秀春である。しかし、労働法は
労働運動に関するものであると当局に危険視されたことや、履修した学生が警戒され企業から採用されなくなったことから、この東京商科大学の労働法講義は名称を変更させられることになった。
労働契約法制定の背景には、20世紀末から外国からの投資が盛んとなり生産能力が増加、「世界の工場」と呼ばれるようになった一方で、試用期間や違約金の濫用により労使間の対立が激しくなったことがある。